キハラハント愛の世界漂流徒然日記

国連平和維持活動、国際人権法、治安部門改革の分野で活動する キハラハント愛のブログです。

国際法

8月28日 核の時代の国際情勢 ~人間の尊厳の観点から考える~

8月28日に国際学生会議のシンポジウム「核の時代の国際情勢~人間の尊厳の観点から考える」にお呼びいただきました。各国の学生さんたちが集まるシンポジウムにおいて、被爆者である三宅さん、ICANの運営委員である川崎哲さんとご一緒でき、大変貴重なお話を聞けました。原爆から70年以上経った今聞いても、三宅さんの実体験のお話には震撼させられました。また、川崎さんのICANの様々な運動が核兵器禁止条約に結び付くまでのお話には、市民の結束の力とともに、地道に続けることの力について考えさせられました。

以下は私のお話した部分です。
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今日お話しする内容としてご依頼いただいたテーマが3つあります。1つが安全保障から見た核兵器について、2つめが国際法から見る核兵器、3つ目が核兵器の非人道性についてです。順番にお話ししますが、専門が国際法ですので、2つめを中心にお話します。

 

まず、安全保障から見た核兵器についてですが、安全保障という場合、一般には国家の安全保障を指します。これは、国際関係において、伝統的には国家の領土や政治的独立、外部からの脅威を軍事的手段によって牽制し、守ることを主に考えるものです。この手段として核兵器が用いられることがあります。

 

これは、主には「核の傘」による安全保障(核抑止)、つまり、核を持っているという脅威にを他国にアピールすることによって、他国の攻撃を受けないよう、安全保障のツールとするわけですが、これは二国間でも集団安全保障の枠組みでも使われ、ご存じの通り日本はアメリカの核の傘に依拠しています。これが、経済的制裁と共に対北朝鮮の安全保障のツールの一つである軍事圧力の中心となっています。

 

核の脅威をもとにする安全保障にはジレンマがあります。集団的自衛権などの国家安全保障を考えるときに必要なジレンマですが、ある国が他国に対して脅威を感じると対抗して軍備を拡張したり、同盟国との関係を強化したり、また、新しい同盟関係を結んだりします。それがもともと脅威を感じた当該他国の自国への脅威認識を高め、結果としてその当該他国も軍拡や同盟強化を行うということです。これが負の連鎖となり、軍拡競争が進み、同盟強化競争が進み、全体として軍拡が行われる結果になります。これは核に限ったことではありませんが、核兵器の場合、万が一核が使われた際の被害の大きさ、継続性が著しいため、この負の連鎖に乗って多くの国が核武装していくと著しい危険が伴うことは言うまでもないと思います。

 

もちろん、核の危険性の認識をもとに、先ほどお話のあったように軍縮や反核の動きがあるわけですが、これがそれぞれの国の利害関係があって、なかなか進みません。反核には大きく2つの動きがあります。1つは核兵器を持っている国はそのままに、核をこれ以上拡散させないようにしようという動き、これを代表するのが核不拡散条約(NPT)で、今年で50年(効力が発生したのは1970年)、核保有国を含め190か国が批准しています。日本は他国と共同で国連総会第一委員会に1994年以来24年間連続で決議案を出すなど、積極的に参加しています。もう一つが核を廃絶しようという動きで、こちらは包括的核実験禁止条約(Comprehensive Nuclear-Test Ban Treaty: CTBT)、核兵器禁止条約、の2つが代表ですが、CTBT188の署名と166の批准がありますが、その参加が効力発生の条件とされている国のうち8か国が批准していないため、効力はありません。核兵器禁止条約は去年7月に採択されましたが、理念の中心は核兵器の非人道性で、核兵器を法的に禁止するものです。日本は会議にも不参加、署名・加盟しない意向を明らかにしています。

 

ここで、今日のテーマにも挙がっている「人間の尊厳」ということを中心にしてみるならば、安全保障は安全保障でも、人間を中心においた人間の安全保障という考え方が重要なのではないかと思います。

 

人間の安全保障は1990年代に登場した概念で、国家ではなく個々の人間に注目し、個々の人々が「安全」を享受することをその基本としています。人々が「安全」であると感じ(主観的)、客観的にも「安全」であるためには、国家の存続が確保されているというだけでは駄目で、「欠乏からの自由」、「恐怖からの自由」、「尊厳ある人間生活」という3つの柱の中にある多くの要素を満たさなければ「安全」ではない、つまり「人間の安全保障」が確保されていないという、「安全保障」を非常に包括的にとらえる考え方でもあります。個々の人々がどのように安全であると感じるかということは、多くの場合集団、特に脆弱性のある集団に着目することでもあります。核兵器との関係で言えば、例えば核の脅威がそれぞれに与える影響は同じではなく、特に脆弱な集団に注目することによって国家の安全保障のみをはかりにしている場合に比べ、より公平に、より皆のためで、また、より包括的な政策を作ったりや対策を練ったりすることができます。これは同時に、社会を構成する皆の身体的な安全を保障し、水や食料、医療、教育などの社会権の分野について対処することにより、より安定した平和を作ることにつながってきます。

 

国際法から見た核兵器

さて、核兵器に関する国際法ですが、特に関係の深い国際法が2つに分かれていて、jus ad bellumと言われる、1つ目が武力行使が許される場合を規定する国際法、もう1つがいざ戦闘が始まった際の戦闘の手段と方法と保護される対象を規定する国際法で、これが国際人道法、または戦時国際法と言われます。

 

1つ目のjus ad bellumは国連憲章の24項、同7項と第7章を主な条項としており、かいつまんで言うと、武力行使は2つの例外を除いて禁止されているというものです。例外が集団的自衛を含む自衛と、国連安全保障理事会の決議による武力行使となっています。この武力不行使の原則は国際慣習法となっていて、国連加盟国でなくても順守する義務のあるものとなっています。核兵器に関して、これに従えば、どの国も核兵器を使って先制攻撃はできないということになります。ただし、国連憲章で認められている自衛の権利の中に、他国からの武力攻撃が発生していない段階でも差し迫った危険が存在する場合には、そのような危険を予防するために自衛措置を行うことができるとされるという先制的自衛権を認める学説もあります。ただし、仮にこの学説を取る場合でも、先制的自衛として取った自衛措置がそれによって回避した危険に釣り合いの取れたものでなければいけないという均衡性の要件があるため、核兵器で先制攻撃をすることと釣り合う危険は核兵器による攻撃くらいでしょう。

 

戦時国際法、または国際人道法といわれる分野からは、戦闘に使う武器についての制限があります。国際人道法の基本は戦闘に関わらない文民や、武器を放棄した戦闘員を殺戮しないこと(区別の原則)、文民に生じうる影響が、予想される軍事的利益と比べて過大でないこと(均衡性の原則)、文民に影響が生じないよう常に注意し、文民のいるターゲットを攻撃する場合は文民に予告をすること(予防の原則)と、戦闘員であれ文民であれ、不必要な苦痛をもたらさないことです。これに従うと武器そのものの性質やその使用方法によって禁止されている武器があります。

 

例えば、クラスター爆弾は一つの爆弾の中に時に何百もの小爆弾が詰められ、爆発すると小爆弾が広域に飛び散るためターゲットを絞れず、区別の原則に反するため、武器として使用することが禁止されています。

 

ガスや化学兵器、着弾時に広がって人体に大きなダメージを与えるダムダム弾についてもその使用は禁止されています。核兵器については、国際司法裁判所の勧告的意見が最も権威があります。

 

国際司法裁判所の出した核兵器の威嚇または使用の合法性について、勧告的意見では、核兵器の特性、特にその破壊力、未知の人間の苦しみを引き起こす能力、そして何世代もを傷つける能力を考慮すると実際には、武器の使用は、そしてそれに伴って威嚇は、武力紛争に適用される法律の要件にほぼ適合することはできない(つまり違反する)と考えるとしながらも、国家の存亡そのものが危険にさらされるような、自衛の極端な状況における、核兵器の威嚇または使用が合法であるか違法であるかについて裁判所は必ずしも違法であると言い切れないとしました。ここに見えるのは核兵器の残忍性を認知しながら、国家の慣習がその使用や威嚇を排除していると言えないために核兵器の使用や威嚇そのものをすべての場合において違法であると言い切れないことをもどかしく思う裁判所の意見で、それは最後に、将来的に包括的な核兵器廃絶が望まれると付け加えた多数意見にも、また、15人中7人の裁判官が多数意見に反対したことにも表れています。

 

核兵器が戦闘員のみに被害をおさめるのが難しいこと、将来にわたって被害が出る可能性があること、放射能を浴びてしまった人に不必要な苦痛を与えること、などを考えるとそれを使用することは国際人道法に抵触するでしょう。ではそれを持っていることを脅威として国家の安全保障のために使うことはどうか、ですが、もし使えば違法なものを使うと脅すことで安全を得るというのは、国際司法裁判所の意見では違法であるという多数意見でした。これに則れば核兵器を使えるように配備しておくことも違法ということになります。

 

私はまさにその核兵器の特性、破壊力、残忍性、また必然的に戦闘と関係のない市民を多く巻き込む性質から、また、現在の世界の国家を中心とした体制で、それぞれの国家がどのような意思決定をするかを制限することが難しく、国内での管理の仕方を制限するにも限界があることから、核兵器は包括的に根絶されるべきものだと考えます。


ところで国際人権法から見ると、生命の権利、拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰を受けない権利、健康の権利を始め、多くの人権に関わり得ると言えます。ただし、国際人権法は国家Aが国家Aの国民及び管轄下にある人々をどう扱うかということを問う国際法なので、核兵器を戦闘の相手国に対して使う・使わないという関係においては直接的には使えません。また、国際法の規則が2つ以上ある場合はより特定の法が優先するというlex specialisの原則により、紛争中は国際人道法が優先します。

 

核の非人道性

核の非人道性というのは、その破壊力、残虐性と被害者に与えられる不必要な苦痛(unnecessary suffering)、地下で実験するなどの例外を除いてターゲットを絞れないことから本来保護されている文民に被害を与える可能性が大きいこと、また、1発の核兵器で何十万人もの被害を出し、環境は長年にわたり破壊され、放射能で何世代にもわたって与える被害、などから、根本的に人道的でないということを指しています。

 核の非人道性というのは、核兵器禁止条約において強調されている点ですが、この動きが出てきたこと、この条約に各国が賛成して条約としても効力を発揮する日が近いことを考えると、国際司法裁判所の勧告的意見から時の経った今、核兵器の合法性についての世界の認識は動いているといえると思います。


国際法と恥

国際法を教えていて、
また、国際人権法や国際人道法を研究・追及していて
毎回あたる壁がある。
それは、現時点においても国際社会というのは国家の集まりであって、
どんなに崇高な規定や原則であっても
国家の意思がないところで
それを強制することができないという壁だ。

そうは言ってもこればかりはあまりにもひどい、と
紛争に入る前の国際法として
他の国家に武力で介入しない(jus ad bellum)、とか、
紛争をやっていても関係ない文民は犠牲にしないようにしよう(jus in bello、国際人道法の分野)とか
ここまで来たら個人の責任を国際法が直接問うべきだという
戦争犯罪、ジェノサイドや人道に対する罪などの国際刑事法などが
人類の失敗の反省をもとに制定されてきたのだ。

もちろん国際法の違反は常にある。

ただ、国際法違反をする各国家が、
国際法は遵守すべきであって
自分の国家は国際法違反を非常な罪だと考えているという
少なくとも表向きの顔があって、
それを元に
国家が自分で宣言した自分の義務をベースにして
国家に責任を問うことができるという、
センシティブではあるものの
何とかバランスを取った枠組みが、冷戦後20世紀の間は機能していたと思う。

近年は、国連人権高等弁務官のザイド氏も言うように
国家が国際法違反をすることに恥も外聞もない。
ウクライナ、シリア、ロヒンギャ、コンゴ(DRC)、そしてガザ。
しかも、それぞれについて、情報はあふれていて、
重大な国際法違反であることはすぐに分析できる状態であって、
重大な国際法違反をしている国家の国民が
自分の国に対して反対意見を表明することについて、
1.規制が強化されていく国、
2.国民が反対意見を表明する意思が弱まっている国、
3.国民が反対意見を表明するのに疲弊、または効果が期待できずしなくなっていく国、
と、多様な要素から、効果が今一つ顕著に出てこないという面がある。
イスラエル兵を写真で撮ったら禁固刑だとか、
ハンガリーで難民に食糧を支援したら処罰されるのだとか、
国内法も国際法違反の可能性の高い内容が次々と。
国際法というのはもはや機能しないのだろうか。

私の指導教官だったフランソワーズ・ハンプソン先生は
「それでも各国は自国の行動を国際法に則って説明している。
明らかな国際法違反であっても、
国際法自体が意味がないというところには至っていないのだ。」と
数か月前のセミナーでおっしゃっていた。

それはもっともなのだけど...
残念ながら、無力感というのは否めない。
国連は国際の平和を推進するために各国の合意で設立されたのではなかったか。
国家が自国民であれ大量に殺戮することは
内政の問題などではなく
人類に対する挑戦なのだと、
国際人権法、国際人道法、そして国際刑事法という分野が
これだけの時間をかけて確立されてきたのではなかったか。

ここは人類にとって、頑張りどころだ。

戦争を抑止することについては、
キング牧師が言っていた、
“Those who love peace must learn to organize as effectively as those who love war.”
本当にその通りだ。
戦争をすれば大きなお金と力が動くから、
戦争をする側は瞬時に結束できる。
平和を持続させることに、
同じような瞬時の結束は期待できない。
だからこそ、セクターを超えて
世代を超えて、息の長い結束をしていかなければ。

HSP/SSJ シリア国際法セミナー 3月21日

HSP_SSJ シリア国際法セミナーFinal-1
東京大学大学院「人間の安全保障」プログラム(HSP)では、
来る3月21日に、NPO Stand with Syria Japan (SSJ) との共同主催、
Human Rights Watch、並びに東京大学グローバル地域研究機構 (IAGS) 持続的平和研究センターとの共催で、
7年の紛争を経て未だ国際社会の救済の手の届かないシリアに焦点を当て、
「国際法の見地から捉えるシリア危機
—国連シリア調査委員会による報告と国際的訴追の展望—」と題するセミナーを行います。
このセミナーでは、国連シリア調査委員会の委員をお招きして、同委員会の調査手法と調査結果についてお話しいただき、
国際法の見地から討論をいたします。

3月21日(水・祝)16:00-20:30、
東京大学駒場キャンパスにて、詳細は下記の通りです。
セミナーは日本語・英語で行いますが、英語のスピーチには日本語訳をいたします。
ご参加希望の方は、お席を確保させていただくため、
下記のリンクよりご登録いただけますと幸いです。

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第245回HSPセミナー

国際法の見地から捉えるシリア危機
—国連シリア調査委員会による報告と国際的訴追の展望—
“Syria Crisis” and the Findings of UN Commission of Inquiry: Prospect of International Prosecution


【日時】2018年3月21日 (水曜・祝日) 16時00分—20時30分

【会場】東京大学駒場キャンパス5号館 2階 524教室
5号館の場所はこちらをご覧ください

【主催】
東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム (HSP)
Stand with Syria Japan – SSJ

【共催】
国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)
東京大学グローバル地域研究機構 (IAGS) 持続的平和研究センター

【対象】一般、学生、教職員 | 資料代500円 

*当セミナーは「チャタムハウスルール」適用の元で運営されます
参加者はセミナーで得た情報を外部で自由に引用・公開することができますが、その発言者・所属機関を特定する情報、並びに特定につながる情報の公開はできません。


【趣旨】
7年が経過したシリア内戦は、大国が有効な対応を講ずることがないまま、市民が残酷極まりない暴力に晒されており、国際社会を震撼させている。
日本における報道はシリア内戦の戦況や人道支援の側面に焦点を当てる傾向にあり、発展的な議論には結びついていない。
本セミナーでは、国際法違反とそれに伴う市民の犠牲について検証し、議論を深めることを試みる。
セミナーは以下三点の目的を有する。
第一に、シリアにおいて発生する暴力の種類と市民の被害の度合いを立証する。したがって、実際にシリアにおける国際法違反の検証に当たった国連シリア調査委員会(CoI)の元委員にスカイプ登壇いただく。第二に、シリア内戦における国際法の見地からの議論を加速させる。第三に、重大な国際法違反に対するアカウンタビリティの確保に対する展望を検証することである。

【プログラム】  総合司会:山田一竹 (Stand with Syria Japan 代表)
16:00 開会 (15:30開場)
16:00-16:10 開会挨拶・趣旨説明
キハラハント愛 (東京大学大学院准教授)

16:10-17:00 イントロダクション
「シリアで何が起きているのか」
Saleyah Ahsan (緊急救命医 元People's Convoy to Syria)

第1部 国連シリア検証委員会の調査手法と調査結果
17:00-18:00 元国連シリア調査委員会メンバー(Skype)
18:00-18:30 Q&A

18:30-18:40 休憩

第2部 国際法による状況分析と訴追の可能性
18:40-19:25キハラハント愛(東京大学大学院准教授)
19:25-19:40 Q&A

19:40-19:50 休憩

第3部 コメント:日本社会の対応
19:50-20:10 土井香苗(Human Rights Watch 日本代表)

総括
20:15-20:30 山田一竹 (Stand with Syria Japan 代表)
20:30 閉会

【国連シリア調査委員会】
シリア・アラブ共和国に関する独立国際調査委員会(The Independent International Commission of Inquiry on the Syrian Arab Republic:CoI)は、2011年8月、国連人権理事会の決議(S-17/1)により設立された、独立した専門調査機関。2011年3月以降シリアで発生した全ての国際人権法・人道法違反を調査するマンデートを与えられている。同時に、委員会は「人道に対する罪」等の重大な国際犯罪の責任者究明、アカウンタビリティ追及(刑事責任追及)のミッションを付与されている。設立以来、委員会は20を超える報告書を公開。人権侵害・人権蹂躙の実態を6000人以上の被害者や目撃者からの聞き取りを含む専門的な調査方法のもと検証している。

【登壇者プロフィール】

Saleyha Ahsan英国を拠点に活動する救急救命医、ジャーナリスト。ボスニア、リビア、シリアにおける紛争地の最前線で救急救命活動に従事。2006年英国ダンディー大学修了(医学士)。2011年英国エセックス大学より法学修士号取得(国際人権法・国際人道法)。シリア国内の医療を支援することを目的としたクラウドファンディング型のプロジェクト「People's Convoy to Syria」のメンバーとして、2016年にはアレッポ郊外に小児病院を建設することに貢献。また、映像ジャーナリストとしても活躍しており、BBC、Channel4 、The Guardian等の主要メディア上で、パレスチナ、カシミール、シリアなどの紛争地における医療現場を報道している。

土井 香苗(Kanae Doi)
国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)日本代表。1998年東京大学法学部卒業。2000年より弁護士として、日本にいる難民の法的支援や難民認定法の改正のロビーイングやキャンペーンに関わる。2006年6月米国ニューヨーク大学(NYU)ロースクール修了。2009年ヒューマン・ライツ・ウォッチ東京事務所を開設、日本代表就任。著書に「“ようこそ”といえる日本へ」(岩波書店 2005年)他。

キハラハント 愛 (Ai Kihara-Hunt)
東京大学大学院 総合文化研究科「人間の安全保障プログラム」准教授。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)職員としてジュネーブ本部、ネパール、東ティモール等各国での勤務を経て、2017年より現職。英国エセックス大学より、法学博士号取得。指導教員は現国連ブルンジ独立調査委員会委員Françoise Hampson。専門は、国際人権法、国際人道法、国連平和活動(特に治安部門)。著書に「Holding UNPOL to Account: Individual Criminal Accountability of United Nations Police Personnel」(Brill社 2017年)他。

山田 一竹 (Icchiku Yamada)
Stand with Syria Japan (SSJ) 代表。東京大学大学院 総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム修士課程在籍(ジェノサイド研究)。2016年立教大学異文化コミュニケーション学部より学士号取得。2014年英国高等教育機関Foundation for International Educationにて紛争分析・解決プログラム修了、現地の難民支援団体にて支援活動従事。2017年シリア危機に対応することをミッションに掲げた非営利団体「Stand with Syria Japan」設立・代表就任。

分析能力

指導教授と話し合う中で、
何度か出てきたのが、「分析」というキーワードです。

資料を読むのにも「分析」、
何かを書くときも「分析」。
ただ事実を「記述」するのではなくて、
自分の頭で「分析」したことを書く。
やっているつもりでも、
考え方の問題なので
なかなか難しいところも。

これにはいくつか鍵があって、
そのひとつが、
本や論文を読むときに、
はじめに「これはどういう質問に答えたいのか」ということを考え、
読んだら
「これはその質問に答えていたか。
もし答えていたのであれば
どう答えていたか」
ということを考えること。

この「考える」ということは
簡単なようで、
「ああ、忙しいから早くこれを読んでしまわなきゃ」と思っているときには
結構な曲者です。

「そういう読み方をしていると、
そのうち、自分がどうやって考えているか、ということまで
ちゃんと見えてくるのよ。
それが見えてきたら
どんな問題が来ても
ちゃんと自分で分析的に考えるように
舵を取れるようになるのよ。」と、
指導教授。

頑張って行きます…

東京 3月24日の挑戦: 紛争の中の日常

conflict ver3

皆様、 大変お待たせいたしました。


来たる3月24日(土)、新しい挑戦をしたいと思います。


世界の紛争地を歩いていてどうしても耳に残った子供たちのつぶやきを、
脚色なしにそのままお伝えして、

それから今度は皆でそれを感じるままに料理してしまおうという、

完全に新しい形態のイベントです。


紛争と言ったって、国際法と言ったって、人権とか言ったって、要はみんな人間の問題。

それなら、人間の問題を、勉強・研究するのが好きな人たちだけに向かって
「講義」とか「講演」とかいう限られた形でしか発信できないのはおかしい。

私が子供たちの言葉を聞いて感じたことは、
その場の環境、そのときの私の体調、スケジュール、気温、などなどあらゆる要素によって彩られていたはず。
「講演」とか「講義」っていうのは要するに話すという1つの方法しか取っていないから、
その彩りが伝わり得ない。

そんな日頃の思いから、あえてまったくジャンルの違う友人2人に声をかけました。

この取り合わせ、見てください。


プロの声優さん、東さおりさん。

もと国連人権高等弁務官事務所職員のワタクシ。

そして、何と、アロマセラピストさん?

(アロマセラピスト 青柳孝予さんのブログはこちら:

http://ameblo.jp/4now/entry-11186183461.html


そんな顔ぶれで、紛争地の子供たちとコミュニケーションしてしまいます。


皆さん、ノートは要りません。

講義や講演という形を超えて、

ジャンルを超えて、

私たち3人が仕掛けるこのわざは、

必ずや参加者の方々の五感と頭に直接届くことと思います。


先着70名様まで限定です。

お早めにご予約ください。

メール aikihara*hotmail.com
( * を@に変えて送ってください)

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hyoryumin_jane

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